霧江と戦人の「18年」
- vicisono
- 2012年10月5日
- 読了時間: 7分
このページにはビジュアルノヴェル『うみねこのなく頃に』『うみねこのなく頃に散』のネタバレが記載されています
2012年10月05日 (初稿)
2013年07月01日 (改稿)
2019年09月18日 (サイト移転及び加筆修正)
留弗夫の告白
……もし、死産が明日夢さんで、お母さんの方がお兄ちゃんを出産していたなら。……何か歴史は変わっていたかもしれない。
EP4の赤字を分析すればさほどの難なく導き出される答ではあるものの、実際に明記されるのは、引っ張りに引っ張った末のEP8という、戦人の出生の秘密。
過去のゲームでは「家族そろったところで話す」と何度も言っているにも関わらず、何故か留弗夫と霧江の二者間でのみ語られる。
これでもかとエンジェ相手に家族愛を見せつけるのがEP8内盤面の目的にもかかわらず、バトラ卿はその場に立ち会わず、その事実に対する感慨を述べることはない。
ベアトと夏妃のように「カーチャン!」「戦人!」とお涙頂戴の和解場面を繰り広げてもいいはず、というか、その方が流れとして自然なのに、決してそれは描かれない。
EP8を除くどのゲーム&カケラ内でも、ルドルフはキリエとバトラに「家族会議」を提案しつつも、結局事件が起きたせいでバトラの出生事情を告白していない。そしてEP8内でさえ、バトラ卿がその事実を知ったという描写はない。
しかし、偽書執筆時点のトオヤは自分の出生の秘密を知っている。金蔵の資料を受け継いだヤスから聞いたとの推測もできるが…
また(真偽の疑わしい八条証言によれば)記憶喪失になった27、8歳のトオヤの脳裏に「十八歳」という数字がこびりついていた。ほかの全てを忘れてもこれだけは脳裏に焼き付いた強烈な記憶、という位置づけである。
嫉妬の地獄
EP6によると、キリエの嫉妬の地獄は18年で終った。
キリエ「18年目にしてようやく、その決意がもてたからこそ、……絶対の意思が奇跡を、……私にもたらしてくれたんだわ」
地の文「明日夢の死は、断じて殺人ではない」
(ここで1行空け)
地の文「しかし霧江は、死んでしまえと常に呪い続け、……18年目にしてとうとう、自らの手で殺してやろうと決意するに至ったのだ」
地の文「そして、……実際に、……殺すための刃物さえ用意した……」
地の文「そこに、奇跡が起こったのだ……」
(アスムが死んだのは奇跡ではない。どの道キリエが殺すつもりだったから、過程が違うだけで結果は同じという説明)
キリエ「……奇跡なのは、彼女が死んだにもかかわらず、”私が自らの手を汚さずに済んだ”。この一点に尽きるのよ」
話の流れから、「キリエはアスムに嫉妬し続け、18年目に遂に彼女を殺そうとしたが、その矢先にアスムが死んでくれて神に感謝した」 と受け取りそうになるが、
バトラ12歳+妊娠期間1年+5年…?
キリエはアスムが懐妊するまでは、アスムを侮ってノーマークだったはず。計算が合わない。
EP3でキリエは「ルドルフとアスムの息子であるバトラが生きている限り、自分はアスムへの嫉妬に苛まれ続ける」という趣旨の発言をしている。
だからこの発言は、「内心でバトラの死を願い続け、18年目にしてバトラを殺す決心をし、刃物も用意した」なのではないだろうか。
そして、よく発言者に注目して再読すると、キリエ自身は「自分の子を死産した」とは言っていない。
キリエ「語るも呪わしい物語」
キリエ「向こうの懐妊は結婚に結びつき、私の懐妊は意味をなさなかった」
フェザリーヌ「しかし…霧江の子は死産だった」
エンジェ「……明日夢さんからはお兄ちゃんが生まれた。…しかし、お母さんからは、誰も」
ルドルフの為なら殺人も辞さないと決意を固めた。
そしてバトラを殺す決意をし、刃物を用意した。
そうしたら、奇跡が起こった。
この「奇跡」は、恐らく「バトラが自分の血を分けた息子であることが判明した」「だからもう、自分はバトラを見てもアスムへの嫉妬に苛まれずに済む」
六軒島の惨劇の最中、ルドルフの為に殺人を犯し、バトラをも殺そうとナイフを握った。しかしルドルフの告白かヤスの情報提供によってか、バトラが我が子と知った。
…記述トリックで慎重に隠しているが、こういう事ではないかと。
霧江と明日夢のIF まとめ
キリエがどうしようと、ルドルフとアスムの結婚は阻めない。バトラを呪うのは、あらゆる意味で筋違い。
向こうの懐妊は結婚に結びつき、私の懐妊は意味をなさなかった。
…という事が判明し、18年間、バトラを見るたびに苛まれてきた嫉妬の地獄からは開放された。
ところで、アスムとの正妻の座争いがなかった場合、キリエは仕事の邪魔として何ら未練なく堕胎していたかもしれない。
アスムも無事出産していたら、キリエは対抗意識から我が子に過剰なプレッシャーをかけて育てあげたゆえに、バトラは確実に今とは似ても似つかない性格になっていただろう。
アスムがああいう性格ではなかった場合、ゆがんだ母子関係の影響で、バトラはやはり今とは似ても似つかない性格になっていただろう。
そして良好な母子関係であったが為に、バトラは父の不実に怒って家を出る事になり……バトラがあのバトラである限り、6年前の右代宮との絶縁は絶対の運命な訳だ。
俺は、………いつから殺してたんだろうな。
バトラが自分の子ではないのを知りながら、良き妻良き母であろうと夫と子供には自分のストレスを一切悟らせずに12年強生きてきて、ダメ押しのようにキリエの懐妊プレッシャーをかけられ、遂に自壊…としたら、「バトラが誕生してからずっと、12年かけてゆっくり殺されてきた」が答えだろう。
バトラはその存在によって12年かけてアスムを死に追いやり、その不在によって12年かけてエンジェを死の瀬戸際に追い詰めてしまった事になる。
とはいえ、この物語内で何度も語られてきたテーマ「他者は己を映す鏡」を考えると、ルドルフの罪悪感を通して見たアスムは「殉教聖女」、バトラのマザコンを通して見たアスムは「聖母」、キリエの嫉妬を通して見たアスムは「狡猾な悪女」だが、実際の明日夢がどういう女性であったか、どこまで真相を知っていたのか、何を考えていたのかはわからない。案外、当人は深い考えもなく、何も気づかずに結婚生活を送っていたのかもしれない…。
ある疑惑
EP4盤面、殺害直前の電話でのキリエの発言。
……あなたのこと、明日夢さんの息子だからと、冷たくしたこともあったの。……その日のことを、許して。
バトラがキリエに促されて書いた手紙にシャノン宛のものが含まれていなかったのは、実はキリエが隠匿したからではないか。
少なくともあの場でそれが可能なのはキリエだけ。
直接的な恋敵のジョージが配ったのは作者(この場合は八城ではなく、竜騎士)のミスリード。手品の得意なヤスシャノンが手元を真剣に注視しているし、仮にジョージが隠したとしても、キリエに「あらシャノンちゃん宛てのは?」と言われて露見してしまう。
一見「おとなしく控えめで家庭的、ナイト気取りの男性が保護欲をそそられるドジっ娘」のヤスシャノンは、キリエが憎悪する明日夢と同タイプの女だ。
ルドルフと容姿や言動の似た「明日夢とルドルフの息子」のバトラが、「明日夢のような狡猾なブリっ娘」シャノンの「手管にひっかかった」のを知って、キリエは瞬間的にイヤガラセ行動に走ったのでは。
実際は、バトラは「明日夢とルドルフの息子」ではなく、シャノンヤスは「明日夢のような狡猾なブリっ娘」といえない事もないが、当時のバトラが魅力を感じた点は「一見おとなしそうだが、話してみるとポンポン面白い反応が返ってくる知的で楽しい相手(6年前の時点ではバトラより背が高くて「おねえさんっぽい感じ」だった)」だからであり、実態は正反対である。
「キリエとルドルフの息子」のバトラは、「キリエのように知的で毒ッ気のあるヤス」に惹かれたのだ。
「素でヤスの事なんか忘れてた」でも話は成り立つが、上記のような無意味な勘違いの末に「他愛ない、衝動的なイヤガラセ」が行われて届くはずの手紙(内容は愛だの恋だのではなく、せいぜい「またミステリの話をしよう。よかったら連絡をくれ」と住所を教えたくらいだろうが)が届かず、ピタゴラスイッチのようにその後の一連の悲劇の元になっていたとしたら、なんとも皮肉な成り行きである。
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