メキシコの学園少女mangaスタイルwebコミック "Orange Junk"(Heldrad 作)
- vicisono
- 2019年12月8日
- 読了時間: 9分
更新日:1月8日

2011年~2015年初めまでタイのベンチャー企業によって運営されていた英語圏向けのウェブコミック・ホスティングサービスInkblazersというのがありました。 立ち上げ当初には「MangaMagagine.net」という名称だったことからもわかるように、manga世代のウェブコミック作家の作品発表とファンベース形成の場を目指してかなりの成功をおさめたサイトだったのですが……。
マネタイズの手法として、広告収入ではなくフリーミアムを選択。有料会員からの会費と物理書籍やグッズの売り上げに頼るという、「mangaは違法スキャンレーションサイトでタダ読みするのが当たり前」な世代相手にはストイック過ぎる戦略は失敗し、赤字から脱せぬまま投資を引きあげられて急転直下の店じまいという結果に終わりました。
「2015年2月1日をもって閉鎖」は有料会員にすら事前にメール連絡等もなく、2014年12月18日PM 11:03 にサイトのスタッフブログで突然アナウンスされたあたり、ほんとに急な決定だったらしく、直前まで投稿者の「プレミアム(アクセス数に応じて報酬が支払われる)」クラス昇進が行われていたのですよ。 その「2014年12月のプレミアムクラス昇格作品」 が、今回紹介するメキシコの漫画家Heldradによる王道学園少女manga "Orange Junk"。
初期コンセプトとキャラクター
"Orange Junk" by heldrad (Inkblazers時代に制作されたトレーラー)
主人公は18歳の少女ルイーズ・バートン。
大企業の二代目社長の令嬢として何不自由ない生活をしてきたが、父親が事業パートナーにハメられて会社を奪われた上に多額の負債を背負わされ、家屋敷を処分して貧乏生活に。
私立のお嬢様学校からガラの悪い下町の公立校へと転校し、その先で築く新たな人間関係の中で成長していく。
…というコンセプトだけ見て花男や白鳥麗子のような、戯画化されたお金持ちと庶民のギャップコメディのようなノリを思い浮かべると、肩透かしを喰らいます。

なにぶん、このヒロインのルイーズちゃん、「ホーッホッホ」型のステレオタイプお嬢様ではなく、かなり堅実な感覚の持ち主。
裕福な環境で余計な苦労を経験せずに育ってきたことが「スレていない」「ひがみ根性がなく素直」といったプラスの方向に作用しているのです。
加えて「苦労知らずのお嬢様だった頃」は回想科白とイメージシーンに出てくるのみ、物語の始まった時点では相応の苦労を経験し地に足の着いた言動をしているので、「調子こいた金持ちお嬢」的な面影は一切なし。
ただしノンキに育ちすぎたせいで成績はあまりよろしくなく、担任から放課後の居残り学習を命じられ、数学の指導役として半ば強制的にコンビを組まされたのが同級生のブルース・ダニエルズ。
ステレオタイプと「人は見かけによらぬもの」
あとがきで作者が書いているように、この作品の初期コンセプトは 「いかにもなステレオタイプデザインのキャラクターが、先入観と大幅にズレた内面や役割で活躍したら面白かろう」というもの。
そもそもヒロインのルイーズも 「ストレートのブラウンヘアを後ろでひっつめた眼鏡っ娘」という「優等生タイプ」の典型的な外見なのに勉強は落第スレスレというキャラ設定(実はビデオゲームのやりすぎで視力が落ちただけ)。
担任教師も一見バイカー風のコワモテですが、気さくで生徒思いの熱血教師。

このギャップパターンが一番激しいのがブルース・ダニエルズという男子生徒。
もて王の宏海くんのような外見と荒々しい言動、街のチンピラにからまれやすく暴力沙汰が日常茶飯事……と、いかにも典型的な不良番長系のようですが、 成績は学年トップ、父親が失踪し母と三人の弟妹だけの家庭を支えて家事とアルバイトに励むよくできた少年だったりします (小さい頃にイジメられっ子だったので親がボクシングを習わせたら、成長期を迎えて必要以上に体格が良くなってしまったという設定)。
お嬢様育ちのルイーズに反発して悪態つきつつも、家庭環境のせいで基本的に面倒見が良く、早い話がツンデレ男子ですな。
そしてルイーズ、ブルースと共に本作のメインキャラトリオの一人である男子生徒ドリュー・グレイ。
外見は典型的な王子様タイプ。美形で穏やか。草食系を通り越して霞を食ってるような美少年なんですが…

彼らは後々仲良しトリオのような感じになっていくのですが、ルイーズとブルースに奇妙な懐き方(という表現がぴったり)をするドリューくんの立ち位置がちょっと面白い。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、(どちらとも)恋愛が介在しえない、絶対に三角関係にはなりえない立場
しかしまぁ、この「ギャップ要素」というのは、導入部以外ではあんまり機能しません。だって第一印象はともかく、友人づきあいが始まってしまえば「この人はこういう個性の人」ってだけだし。
第1巻のラストでルイーズ、ブルース、ドリューの基本的な関係性が出来上がったところで、初期コンセプトであるステレオタイプとのギャップが産み出す誤解と行き違いのドラマは一応終了します。
でも別にいいんです。この作品が貴重なのは「雑誌連載漫画」の強みである、「キャラ立てに成功し、血肉が通った登場人物たちが自律的に物語を動かしていくダイナミズム、ライブ感」なのですから。むしろここからが本番。

「あらかじめ予定されている筋書きにそって物語を展開し、それを語り終えるのをゴールとする」タイプとは違う、故・小池一夫が提唱した 「キャラクター駆動型」 メソッドの作品であり、 「長く続けられる(初期のファンが作品を卒業しても、常に新規の客が入ってくる)」「キャラクターグッズ等でビジネスを広げやすい」 「稼ぎ頭として雑誌を存続させてくれる」のはこういうタイプなわけでして。
ドコカの国、マンガの国。

ところでOrange Junkに関してはInkblazers時代から首をひねっていた疑問がひとつ。
これ、どこの国の話なの?
作者がメキシコの人なのでメキシコの話なのかな……と思ったんですが、主要登場人物の名前はラテン系ではなく、スコットランド/イングランド系が多い 。公立高校には制服がある。 背景描写もふくめて検討すると北米とも断言できないし、どこが舞台なんだろう?
と、しばらく頭を悩ませた末に ツイッターで作者さん(@heldrad)に作品の舞台について確認してみたら、
"Orange Junk"にはスペイン語版と英語版が存在し、スペイン語版はキャラクター名もラテン系の名前で舞台は「漠然とした南米の何処か」、英語版は「漠然とした北米の何処か」くらいに解釈してください ……とのこと。
ちなみに英語版とスペイン語版(むしろこっちがオリジナルなんでしょうが)のネーミング。
その昔、日本製アニメを海外放映する際には 「(日本製である事を伏せた上で)日本を舞台にした作品であっても放映される現地の物語に設定変更」されるケースがほとんどでした。
登場人物も放映国の人間に変更され、当然ながら名前も変更、日本人どころかモンゴロイドですらない人種にされたんですが、これは基本的に日本側の意図ではなく、あくまで現地の都合によるもの。
70年代くらいまでの日本の少女漫画も「漠然とした西洋のどこか」を舞台にして物語を展開するものが結構ありましたが、それは「遠い西洋文化へのあこがれ」からくるものであり、「海外展開を意識したビジネス上の目的」ではありませんでした)。
しかし"Orange Junk"は個人作家である作者自らが積極的に「manga系アートの無国籍性」を利用して背景設定やキャラクターの民族・文化背景をボンヤリさせ、ローカライズしやすいようにしてグローバルな読者の獲得をめざしている。
韓国ウェブコミックの一部も、ビジネス上の都合で作中世界の無国籍化を選択していますが、なかなかクレバー&スマートな割り切り方ですな。
(ここまでが2016年10月に旧サイトに書いた文章のダイジェスト。以下が2025年1月の加筆分)
縦読みコミックの時代……?

2015年2月にフリーミアムに頼った収益化に失敗したInkblazersが閉鎖後、やはり基本的にフリーミアムの手法をとっていた女性ギーク向け商業web雑誌"Sparkler Monthly"に拾われて連載継続していた"Orange Junk"ですが、その"Sparkler Monthly"誌も発行元のChromatic Press社の活動終了により2019年をもって休刊。
2019年末時点において、日本以外の国でオリジナル・ウェブコミックでマネタイズするには韓国系企業の投稿プラットフォームで人気を得て「公式作品」になる以外の選択肢は乏しく、本作もウェブトゥーン系投稿サイトに既刊分をアーカイブしたものの、結局、2025年現在になっても新作が描かれることはなく事実上の打ち切り。
作品の移転先
本腰を入れてプラットホームに対応するなら縦スクロール、フルカラーに描きなおしor再構成しなければならないというのが連載継続断念の理由と推察されますが、実際、この時に労力をつぎ込んでリメイクしていたとしても、ウェブトゥーン市場の収益構造を考えると良い結果は得られなかったのではと思われます。
2019年から更に6年後の現在、「縦スクロールが横開き漫画を駆逐して巨大な世界市場を築く」という景気の良い見通しが投資家向けの三味線に過ぎなかったことが各種データにより証明され、ウェブトゥーン事業から手を引く企業や廃業するスタジオが続出(2015年にTOKYOPOPがPOPCOMICSという縦スクロール投稿アプリを始めて、全然投稿者が集まらないまま6年後の2021年にサービス終了、という微笑ましい事例もありました)。
当時、景気の良い経済ニュースサイトの記事を読みながら、「アプリのDL数や一話あたり閲覧数を誇示してるけど、マネタイズはどうやってるんだろ?」「スマホ閲覧に特化した単行本化に不向きな表現形式の漫画が先読み課金と広告費だけで利益を出せてるのかな?」「実写映画化・ドラマ化を誇示してるけど、映像化権のロイヤリティはもらえても単行本やキャラグッズの売り上げにはつながらないのでリターンが少ないのでは?」と首をひねっていたので、そりゃそうだよねとしか。
作者さんのSNSアカウントも2022年を最後に更新がなく、この記事も非公開処置にしようかなーと迷いましたが、2010年代の非アジア圏で試みられたインディーズ少女ウェブコミック商業出版の一例として記録しておくのは意義があると思い直し、残しておくことにします。
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