vicisono

2019年6月16日7 分

Chromatic Press 終了をめぐる雑感

最終更新: 2020年3月13日

さよならSparkler Monthly

私が創刊準備(2013年)のKickstarter高額コース投資をし、それから第三期まで有料会員としてつきあってきた女性ギーク向けweb雑誌Sparkler Monthlyが、「2019年7月刊行の最終号をもって終了、出版社のChromatic Press自体も12月に閉鎖」とアナウンスされました。

参考外部サイト:Important news about the future of Sparkler Posted on June 12th, 2019

manga系創作コミック主体の英語圏の雑誌でいえば、YenPressの月刊 Yen Plus が2008年創刊、紙の雑誌は2010年まで、ウェブマガジンに移行して2013年に完全終了で約5年半。

他の泡沫雑誌はほとんどが1~2年で消えてますし、ベンチャーの独立系出版社が人気翻訳作品抜きの完全オリジナルのみで6年がんばったのだから、立派なものだと思います。

Sparkler Monthly誌自体の評価(三年目まで)としては、旧サイトでも書きましたが「雑誌としてのバランスが悪い」「志は理解するが『LGBTマンガ系コミック&小説専門誌』というのはニッチ過ぎる」「主軸が弱い、特に自社企画ではなく既存の外部webコミックを掲載するようになってから雑誌としての印象が散漫になった」……という処でしょうか。

もっと欲望全開な娯楽作品、キャラ萌え特化で小ネタ満載なSNSでバズりやすい作品も早期に投入しとくべきだったかなぁと(私が読まなくなって以降の号ではそっち系を狙ったような作品も載せてたみたいですが)。

さよならOff*Beat

そもそも私がmanga系海外コミックの紹介記事を書き始めたのは、2006年~2008年にソフトバンク社が翻訳版の電子配信を開始したTokyoPopの「グローバルマンガ」を読んだのがきっかけ。

中でも特に気に入ったJen Lee Quickの"Off*Beat"(日本語版タイトル 『オフ★ビート -BOY・ミーツ・BOY-』 )の最終巻が、 2008年の米経済悪化のあおりを喰らったTokyoPopの自社オリジナル漫画作品大量打ち切り決定により出版棚上げ&出版権の塩漬けになってしまい、「どうにかならんもんか……」と色々周辺情報を調べているうちに興味が広がっていったのですが。

"Off*Beat"は2013年にChromatic Press社が出版権を買い取って、Kickstarterで資金調達の上で Vol. 1、2の新装版刊行、新創刊のweb雑誌Sparkler Monthlyで完結編を連載、完結編単行本刊行。

私個人の初期目的は既に達成されているので、版元の廃業については「関係者の皆様ご苦労さま、ありがとう」以外には特に言うべきことはないかな。連載途中の他の掲載作品は恐らく提携先のHiveworksあたりに移籍して続くんだろうし。

唯一残念に思っているのは、"Off*Beat"完結編の日本語訳はこのまま出そうにないことくらい。

ネタバレを避ける為に今まで完結編のきちんとしたレビューを書かずにいたんだけど、この新ブログの方で改めて紹介記事を書こうかな?

てゆーか、旧サイトで書いた海外漫画のレビュー記事の扱いはどうしよう。時評的な個所を削って作品紹介部分だけ残すか、さっぱり切り捨てるか……。

ちなみに2011年~2015年初めまで活動していた英語圏向けのウェブコミック・ホスティングサービスInkblazersで私が作成した翻訳原稿750ページ強のうち、400ページ近くがJen Lee Quickの作品でした(内訳:"Witch's Quarry"318ページ、"The Normal One" 25ページ、"Threads" 27ページ、"Hungry" 28ページ)。

クイック先生にはInkblazers閉鎖時に「私の作成した日本語原稿は何処でもお好きなサイトに再アップロードしていいですよ、なんなら日本のウェブコミック投稿サービスのご案内をしましょうか?」とメッセージを送ったんだけど、結局そのまんまお蔵入りだったなー。

多分、自作品の多言語化にはあまり興味がないんだと思う。正直、「もったいないな」とは今でも思うけど、興味がないという意思表示をしている人にしつこく迫る訳にもいかないしね。

仮に今後、ウェブコミックの日本語訳を手掛ける機会があったら、今度はきちんと相手の意向を確認して、ある程度の信頼関係を築いてからにしよう、というのが本件から得た教訓。

今やってる古典翻訳は原著者との折衝に神経をすり減らさなくても済むので、その点に限れば気が楽だわ。


追記:対象読者表記の難しさ & 外来語って便利だね

(2020年3月8日追記)

私がSparkler Monthlyの購読をやめたのは、上記のInkblazersで作成した翻訳がクイック先生の作品を含め全てネットの藻屑になったショックでガックリきたから……というのが直接の理由なのですが、Sparkler誌の第四年度 Kickstarterファンディングに投資するのを躊躇した原因にはもうひとつ、創刊初期との編集方針の違いが顕著になってきたからというのもあります。

Year 3のKickstarterプロジェクト(2015年6月26日開始)説明

Twelve more issues of our digital magazine of serialized comics, prose, and audio dramas for fangirls at heart!
(筋金入りのオタク女子向けの漫画、小説、オーディオドラマ)

更に

Sparkler Monthly is targeted at women and girls aged 15 and up, or anyone interested in that kind of material–like the genres shojo and josei in Japan. (15歳以上の女性と少女、あるいは日本におけるshojoやjoseiジャンルのような作品群に興味のある人を対象としています)

対象読者がわかりやすいし、そういう読者に「エンタメを提供する」ことのみアピールしてる。私も気軽にやや高めの投資をしました。

それが四年目では…

Year 4(2016年6月28日開始)の説明

Another 12 issues of women-targeted, LGBT+ friendly fiction in our digital magazine of comics, prose, and audio dramas! (女性を対象にした、LGBT+フレンドリーな漫画、小説、オーディオドラマ)

更に

Female Gaze content for women, men, and non-binary readers in a wide variety of genres, much of it LGBT+. (女性視点による女性・男性・無性別読者を対象とした、多種多様かつ、その多くがLGBT+のコンテンツ)

「少女」が消えて「女性」と「LGBT+」になった。そして性別による読者限定そのものが政治的に正しくないと配慮したのか、なんだかややこしい表記になっちゃった。

Year 4のファンディングが開始された2016年6月28日はアメリカ合衆国大統領選挙の予備選中で、当初は単なるネタ候補くらいに思われていたドナルド・トランプの反ポリコレ的な言動が大衆受けして意外な票を伸ばしていた頃。そういった世相に危機感を抱いた結果なのか、あるいは無邪気に「ポリコレ=善」と信じて前面に押し出してきたのかはしりませんが、Year 3まであった「日本のオタクカルチャーを原体験にした送り手と受け手でキャッキャウフフ」感が薄れて、いきなり政治的になった感。

私はこの文言に「読者を性別によって差別せずに門戸を大きく開いてますアピールをしているが、実際には『ある種の思想、政治的姿勢を堅持する人々』以外に門戸を閉ざしている」ような印象を受け、敬して遠ざける姿勢を選択しました。

Year 5もその路線を踏襲し、廃刊決定になるYear 6(2018年8月29日開始)では

Help us fund another 12 issues of our Female Gaze, very LGBT+ digital magazine: comics, novels, audio dramas, and more!

「LGBT+ friendly」が「very LGBT+」に。

そして更に

Sparkler Monthly is for anyone interested in the explosion of fantastic diverse, feminist, and LGBT+ content happening right now in webcomics! (Sparkler Monthlyは、Webコミックの中で現在起こっている、素晴らしい多様性、フェミニスト、LGBT +コンテンツの爆発に興味がある人向けです!)

実際に扱われている作品群の内容がどうなのかは置いといて、編集部の「意識高い系以外お断り」感がスゲェ。洋の東西を問わず、「楽しさ」より「(特定の)正しさ」に意識の向いたエンタメに金を払う大衆って極小だと思いますがねぇ。こちらは目新しくて面白いエンタメに投げ銭したいだけで、創作をダシにした政治活動にカンパをしたい訳じゃないので。

「manga」「anime」「light novel」「visual novel」……という日本語&和製英語を日本国外で自作のジャンル表記に使用すると、その当地では了見の狭い連中から難癖をつけられる懸念もありますし、日本における定義とはズレた誤用で混乱を呼んだりもしますが、こういう「外来語」をジャンル表記に使うのはイメージの共有には便利だったよなぁ、と今にして思います。

ハーレクインやChick-Litではないギーク女子向けエンタメ小説を表すのに「light novel」という言葉は便利だったし、「アメリカン・ヒーローコミックやオルタナ系インディコミックじゃなくて、日本の少女漫画や女性向け漫画が扱ってるような題材やテーマのコミックよ、わかるでしょ、ああいうの!」といえば、対象読者には「はいはい、ああいう感じね」で了解が成立していたはずなんだよね。そしてその中には声高に主張せずとも、「female gaze」も「LGBT +フレンドリー」も自然と含まれていたはず。「shoujo manga」を読むのは少女だけではないんだから、苦労して対象読者を「政治的に正しく」表記する必要もなかった。「shoujo mangaみたいなのが好きな人は、みんなウチの客よ!さあ集まって!」で済んでいたのに。

フリーミアム型の商業ウェブコミック自体がマネタイズ困難なので雑誌の寿命自体は変わらなかったかもしれませんが、創刊当時の姿勢のまま進んでいたらどうなっていたのかな……とつい考えてしまうんですよね。

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